
- Yamashita
- 2026.01.26
「今日の夕食、何にしようかな」と思った瞬間、AIエージェントがあなたの好み、冷蔵庫の在庫、最近の健康データ、そして近所のスーパーの特売情報を瞬時に分析し、最適な食材を注文。30分後には玄関に届いている――。
これはSFの世界ではなく、GoogleがUniversal Commerce Protocol(UCP)で描こうとしている近未来の買い物体験です。2026年1月、GoogleはShopifyやWalmart、Targetなどの小売大手と共同で、AIエージェントによる「エージェンティック・コマース」を実現するための技術基盤を発表しました。
しかし、この技術的躍進は、私たちに根源的な問いを投げかけます。AIが「探す」「比較する」「選ぶ」「買う」をすべて代行する世界で、人間の役割はどこに残るのでしょうか。
「選ぶ」という行為の価値
私たちは日常的に無数の選択を行っています。朝食に何を食べるか、どの服を着るか、どの商品を買うか。これらの選択の多くは、時間と労力を要する「面倒な作業」と捉えられがちです。
エージェンティック・コマースは、まさにこの「面倒」を解消してくれます。AIエージェントに「いつもの日用品を補充しておいて」と言えば、過去の購買履歴と在庫状況を分析して、最適なタイミングで最適な商品を注文してくれる。効率化という観点では、これ以上ない便利さです。
しかし、「選ぶ」という行為には、効率性だけでは測れない価値があります。新しい商品との偶然の出会い、パッケージデザインに心惹かれる瞬間、店員との何気ない会話から得られる発見。これらは「非効率」な行為の中にこそ生まれる、人間らしい体験です。
AIエージェントが過去のデータに基づいて「最適な」選択をすればするほど、私たちは既知の世界に閉じ込められていく可能性があります。フィルターバブルの問題は、ニュースやSNSだけでなく、買い物という日常行為にまで拡大するかもしれません。
効率化の先にある「人間らしさ」の再定義
一方で、AIによる自動化が進むことで、人間がより「人間らしい」活動に時間を使えるようになるという見方もあります。
日用品の補充、公共料金の支払い、ルーティンワークの管理――これらをAIエージェントに任せることで、私たちは創造的な活動、人との交流、自己成長といった、より本質的な営みに集中できるようになります。「買い物」という行為が持つ意味が、「必需品の調達」から「体験としてのショッピング」へとシフトしていくとも言えます。
歴史を振り返れば、テクノロジーは常に人間の役割を再定義してきました。洗濯機は洗濯という重労働から解放し、自動車は移動の概念を変え、インターネットは情報へのアクセスを民主化しました。その都度、「人間の仕事がなくなる」という懸念が語られましたが、実際には新しい役割と機会が生まれてきました。
AIが進化するほど、人間のスキルの価値が高まるパラドックス
興味深いことに、AIが高度化すればするほど、ある種の人間的スキルの価値は逆に高まります。
まず、「信頼」の問題があります。AP2(Agent Payments Protocol)が暗号学的な証明で決済の安全性を担保しても、最終的にAIエージェントに何を任せるかを決めるのは人間です。そして、その判断には、相手(この場合はAIシステムとそれを提供する企業)への信頼が不可欠です。信頼構築のためのコミュニケーション、ブランディング、カスタマーサポートといった「人間的な」活動の重要性は、むしろ増していきます。
次に、「創造性」と「意味づけ」の問題があります。AIは過去のデータから最適化された答えを導き出しますが、「何が価値あるものか」を定義するのは人間です。新しい商品カテゴリーを創出する、既存の商品に新しい意味を付与する、文化的な文脈を読み解く――これらは当面、人間にしかできない領域です。
そして、「共感」と「関係性」の問題があります。AIエージェントがどれだけ賢くなっても、人は人との繋がりを求めます。同じ趣味を持つコミュニティ、信頼できる店員からのアドバイス、友人との買い物体験の共有。これらの「非効率」な体験こそが、人生を豊かにするものです。
社会的孤立のリスクへの警戒
一方で、楽観的な見方だけでは不十分です。エージェンティック・コマースの普及が、社会的孤立を加速させるリスクについても考える必要があります。
すでに、ECの普及により実店舗での買い物機会は減少しています。リモートワークの広がりにより、オフィスでの何気ない会話も減っています。AIエージェントが買い物を代行するようになれば、レジでの会話、商品を選ぶ際の店員への質問、さらには「今日、何買おうかな」と友人に相談するきっかけさえも失われるかもしれません。
これは単なる懐古趣味ではありません。社会心理学の研究は、日常的な「弱い紐帯」(weak ties)が人々の精神的健康や社会的統合に重要な役割を果たすことを示しています。買い物という日常行為は、そうした弱い紐帯を形成する数少ない機会の一つでした。
テクノロジー企業には、効率化を追求するだけでなく、人間同士の繋がりを維持・促進するための設計を意識的に組み込む責任があるのではないでしょうか。
「風の時代」と人間関係の価値
占星術の世界では、2020年から「風の時代」が始まったと言われています。土の時代(物質・所有の重視)から風の時代(情報・つながりの重視)への移行です。科学的根拠はさておき、この比喩は現代社会の変化を捉える上で示唆的です。
AIが物質的な「モノ」の調達を効率化すればするほど、人間にとって重要になるのは「コト」や「関係性」かもしれません。何を買うかより、誰と買うか。何を持つかより、どんな体験をするか。
エージェンティック・コマースは、まさにこの変化を加速させる可能性があります。AIが「買う」というタスクを代行することで、人間は「体験する」「つながる」といった、より本質的な価値に集中できるようになる。そう考えれば、この技術革新は脅威ではなく、人間らしさを再発見する機会とも捉えられます。
ビジネスへの示唆:「人間」を売りにする
この視点は、ビジネスにも重要な示唆を与えます。
日用品や定型的な商品は、AIエージェント経由の購入に移行していくでしょう。その領域で競争するには、UCPへの対応、商品データの構造化、API経由でのリアルタイム在庫管理といった技術的な対応が必要です。
しかし、すべての商品がコモディティ化するわけではありません。「誰から買うか」「どんな体験とともに買うか」が重要な商品やサービスは、むしろAI時代にこそ差別化要因となります。
専門知識を持つスタッフによるコンサルティング販売、コミュニティを形成するイベント、作り手のストーリーを伝えるコンテンツ、実店舗でしか得られない五感の体験――これらは「非効率」かもしれませんが、だからこそ価値があります。
「AIにできないこと」ではなく「AIにやらせたくないこと」、つまり「人間がやるからこそ価値があること」を見極め、そこに経営資源を集中させる。それが、エージェンティック・コマース時代の差別化戦略になるのではないでしょうか。
まとめ:テクノロジーと人間性のバランス
GoogleのUCP発表は、AIエージェントが買い物を代行する未来が着実に近づいていることを示しています。この流れは止められないでしょうし、止めるべきでもないかもしれません。技術の進歩が人間を単調な作業から解放してきた歴史を、私たちは否定すべきではありません。
しかし同時に、効率化一辺倒の思考には警戒が必要です。「選ぶ」「迷う」「発見する」「つながる」といった、一見非効率な行為の中にこそ、人間らしさの本質があります。
テクノロジーを設計する側も、利用する側も、「何をAIに任せ、何を人間の手に残すか」を意識的に選択していく必要があります。その選択の積み重ねが、私たちがどんな社会を作るかを決めていくのです。
エージェンティック・コマースは、私たちに便利さをもたらすと同時に、「人間であること」の意味を問い直す機会を与えてくれています。その問いに向き合いながら、テクノロジーと人間性のバランスを探っていくことが、これからの時代に求められているのではないでしょうか。








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